カメラと技術と時々音楽

設営能力

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会場の設営とか、片付けとか、そういうことをする機会がこれまでの人生で多々あった。人並みに社会生活をしていれば誰もが経験のあることだと思う。

自分はこういった類の作業が死ぬほど苦手だった。何かの障害かわからないけど、どう動けばいいかが頭の中で組み立てられないのだ。良かれと思って作業しても、リーダーシップ取る系の人に「違う」とか「こっちに (机を) 置いてほしい」などと言われ、自分の行動が裏目に出てしまうことが多かったから。厳密には、過去に裏目に出る行動をしまくった結果、失敗する姿がトラウマのように蘇るような状態に陥っている。

かといって、ぼーっと突っ立っているわけにもいかない。必死に働いている人たちの周りの目が光るから。仕方がないので、近くの人の様子をみながら手伝ったり、同じことを真似したりしてお茶を濁しているのだが、しばらくすると自分の頭で次の一手を考えなければいけないときがくる。この瞬間が結構きつい。

なんか、細かいところにこだわりすぎるきらいがあるんだと思う。どこに動かすのがベストなのか、どこに置けば最も邪魔にならないのか、などが頭をよぎるから、果たして自分の行動が「ベスト」なのかが判断つかない。そういった不安が先ほどのトラウマにつながっている気がする。なので、実は自分が思っているほど自分は間違ったことをしていないのかもしれないが、必要以上に弱気になってしまって、行動に躊躇が出る、というカラクリなのではないかと。

これを設営能力と勝手に呼んでいる。そう、まさに昨日も、全社会議で会議室を設営する必要があって必要以上におどおどしていたので、ああ、自分の設営能力はやはりちっぽけだな、と思った次第なのだった。

早く設営の不要な時代がきてほしい。麻雀牌だって自動で組み立てられるようになったんだから、会場だってできるはず。AI。