カメラと技術と時々音楽

イトウヨーカドー

最近ヨーカドーばかり行ってるので、ついついヨーカドーのことを考えてしまう。

小学1年生のころ、近所のヨーカドー (木戸店) でチョロQ大会があったので冷やかしで参加してみたら優勝してしまった。俺のスカイライン GT-R が火を吹いたのである。賞品としてばかでかいライオンのぬいぐるみをもらったのだけど、あまりかわいくなかったのでせっかくのたてがみをホコリで白くしてしまったことを覚えている。

といった武勇伝を課題の作文に書いたら、担任の先生から添削が入った。まあ、一度や二度は皆添削されていたから「あーやっぱり俺もだめだったかー」程度で快く受け入れたのだけど、直されたのが「イトーヨーカドー」→「イトウヨーカドー」だったので、一気に不可解な心持ちになった。

もちろん、ヨーカドーの正式な表記は自分が書いた前者だ。おそらく先生は「伊藤さんのヨーカドー」という認識をしていたから間違ってしまったのだと思う。あるいは、実のところ正式表記を知っていたけれど、たかだか小学1年の子供が「イトー」などと長音を使ったカジュアルな書き方をしたから、それは教育上よくないことだという判断をして、泣く泣く赤ペンを動かしたのかもしれない。でも、あそこまでヨーカドーが発展できたのはあのカジュアルさ、明るさなのではないか。あの長音が客の心を掴んだ。「イトウ」だったら地方の個人商店にすぎなかったのかもしれない。「太東」ではなく「タイトー」であり、「大同ドリンコ」ではなく「ダイドードリンコ」なのである。

「イトウ問題」を除けば最高の先生だった。優しく、面倒見がいいし。とはいえ、完璧な相性の人間など存在しない。性格的に合わない部分があるからこそ合う部分が引き立つ。だからこそ人生は楽しい。そんなことに気付けた小1の秋であった。